大阪地方裁判所 平成5年(ワ)1964号 判決 1995年12月20日
奈良県北葛城郡<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
松田繁三
東京都中央区<以下省略>
被告
野村證券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
吉川哲朗
主文
一 被告は、原告に対し、金七七一万九六四〇円及び内金七〇一万九六四〇円に対する平成五年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一請求原因
一 請求の趣旨
被告は、原告に対し、金一二八五万九四〇〇円及びこれに対する平成元年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、被告から、平成元年二月一六日、訴外株式会社神戸製鋼所(以下「神戸製鋼所」という。)が平成元年一月二六日及び同年二月一日開催の取締役会で発行を決議した同月一七日発行の新株引受権付社債(以下「本件ワラント債」という。)の新株引受権(権利行使期間は平成五年二月一〇日の東京における銀行の営業の終了時まで。以下「本件ワラント」という。)六〇ワラントを代金一一六九万九四〇〇円で購入し(以下「本件取引」という。)、被告に対し、同月二二日、右代金を支払った。
2 本件ワラントは、平成五年二月一〇日の東京における銀行の営業の終了時が経過したことにより無価値になり、原告は、右代金相当額の損害を被った。
3 被告の使用者責任
(一) 原告は、当時被告の従業員であった訴外B(以下「B」という。)の勧誘に基づいて本件取引を承諾したものであり、Bは、被告の事業の執行につき右勧誘を行ったものである。
(二) 前記損害は、次のとおり、Bの違法な勧誘行為によって発生したものである。
(1) 説明義務違反等
証券会社の外務員は、顧客にワラントを勧誘するに当たり、ワラントに関する説明書を交付するなどして、ワラント、その権利行使期間及び権利行使価格の意味、ワラントがハイリスクな商品であり、権利行使期間が経過すると無価値になること、ワラント取引は、上場株式等とは異なり、顧客と証券会社の相対取引によることを説明すべき義務があり、ワラント取引に関して虚偽の事実を述べたり、価格の推移について断定的判断を提供したりしてはならないにもかかわらず、Bは、平成元年二月一六日、初めて本件ワラントの購入を勧誘するに当たり、右説明を一切しなかったばかりか、原告に対し、「いい商品があります。神戸製鋼所のワラントというものですが、他社に売り込み中のものを今私が持っています。絶対に儲かりますので、私に任せて下さい。絶対に損をさせませんので、私にお金を預けて下さい。普通の株より三倍も五倍も儲かる株ですから、他人に渡す必要はないのです。今すぐイエスノーを言わないと、他人に渡ってしまい、損をしますよ」などと述べ、あたかも本件ワラントが安全な商品であり、その価格が三倍にも五倍にもなると原告を誤信させた。Bの右勧誘は、前記説明義務に違反するとともに、断定的判断の提供の禁止義務及び虚偽ないし誤導表示の使用の禁止義務に違反する行為である。
(2) 適合性の原則違反
被告は、顧客にワラントを勧誘するに当たり、投資者の投資傾向、投資経験、財産状態などに照らし、最も適合した投資が行われるよう十分配慮すべき義務があるところ、原告は、本件取引当時、現物株式等につき一年余の投資経験があったに過ぎず、証券投資に関する知識はほとんど無く、その投資傾向は非常に慎重だったのであるから、被告は、原告に対し、本件ワラントの勧誘を差し控えるべきであったにもかかわらず、Bは、原告に対し、本件ワラントにつき六〇ワラント、一一六九万九四〇〇円もの取引を勧誘したものであって、右勧誘は、右適合性原則に違反する行為である。
(3) 目論見書交付義務違反等
本件ワラントは、被告が幹事引受会社として発行したものであるから、被告は、原告に対し、本件ワラントの目論見書を交付すべき義務があったにもかかわらず(証券取引法一五条二項参照)、Bは、原告に本件ワラント購入を勧誘するに当たり、右目論見書を交付しなかった。
また、本件ワラント債発行の際の目論見書には「本件ワラントは、日本において又は日本の居住者に対して、直接間接を問わず、提供、販売、交付されてはならない」旨の記載(以下「本件目論見書記載」という。)があるのであるから、被告は、本件ワラントを日本に居住する原告に対して販売してはならない義務があったにもかかわらず、Bは、右義務に反して原告に対し本件ワラントを勧誘し、本件取引をなさしめたものである。
4 原告は、被告が損害賠償の求めに応じないため、弁護士を委任して本件訴訟を提起・追行することを余儀なくされた。本件の事案の性質等に鑑みると、前記B又は被告の不法行為と相当因果関係のある損害(弁護士費用)は、一一六万円と解すべきである。
5 よって、原告は、被告に対し、使用者責任(民法七一五条)に基づき一二八五万九四〇〇円及びこれに対する本件ワラントの代金支払日である平成元年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
(認否)
請求原因1は、本件取引の日付が平成元年二月一六日であることを除き認める。本件取引の日付は同月一七日である。同2、3(一)は認める。同3(二)(1)及び(2)は、否認する。同3(二)(3)のうち、本件ワラントの目論見書に本件目論見書記載があること、被告が原告に対し右目論見書を交付しなかったことは認め、その余の事実は否認する。
(反論)
1 説明義務違反等の主張について
(一) 投資家は、自己の判断に基づき自己の資金を投資して利益を上げようとするものであるから、投資対象商品の内容や特性等を調査し、理解するよう努めるべき責任は、第一次的には投資家自身にある(自己責任の原則)。証券会社は、投資家の注文に基づき、委託業務や相対取引に応ずる義務があるに過ぎず、投資家に対し投資商品の内容や特性等を説明する法的義務はない。ちなみに、訴外社団法人日本証券業協会(以下「日証協」という。)の理事会において、同会の会員である証券会社が顧客との間でワラント取引を行うに当たり、ワラント取引に関する説明書を交付し、その内容を説明しなければならないものとする決議がなされたのは、本件取引がなされた後の平成元年四月一九日のことであって、右決議さえ業界の自主的ルールに過ぎず、被告に法的義務を課すものではない。
(二) 仮に、被告において、法的義務として原告の主張するような説明義務を負担していたとしても、Bは、原告に対し、次のとおり、本件ワラントの仕組み及びリスクを説明しているから、被告に右説明義務違反はなく、また、原告の主張するような断定的判断の提供の禁止義務違反及び虚偽ないし誤導表示の使用の禁止義務違反もないことは明らかである。
(1) Bは、原告に対し、日本電線工業株の代金決済をした日の翌日(平成元年二月九日)頃、原告に対し電話で本件ワラントの購入を勧誘したが、その際「ワラントとは新株引受権のことで、一定の期間に一定の行使価格で株を買う権利のことです。株より三倍から四倍程度大きい値動きをします。従って、現在のような大相場のときは、株より大きな儲けが期待できると思います。但し、ワラントとは一定の期間内での権利であるため、株が思うように上がらないときは、無価値になることもあります」旨説明した。
(2) Bは、それから一、二日の間に、原告の勤務先を訪れ、ワラントの特性を記載した手書きの資料及び被告発行のワラント取引説明書を交付したうえ、ワラントの仕組み及びその取引に伴うリスクを詳細に説明した。
(3) Bは、原告に対し、本件取引の代金決済の日である同月二二日、再度右説明書を交付し、被告も右説明書を理解したうえ、自己の責任において取引を行う旨の確認書に署名押印した。
2 適合性の原則違反の主張について
原告は、平成元年当時、年商約一億五〇〇〇万円、従業員六名を擁する商店を経営しており、経済人としての十分な経験があった。また、原告は、本件取引に至るまで、被告奈良支店で転換社債や株式の取引をしており、その投資金額は約二七〇〇万円に上るなど、短期に多額の利鞘を稼ぐ傾向が強かった。右のような原告の投資経験、投資資金、投資傾向に照らすと、Bが原告に本件ワラントの購入を勧誘したことが適合性の原則に違反するものでないことは明らかである。
3 目論見書交付義務違反等の主張について
被告は、本件ワラント債の幹事引受会社ではなく、被告の原告に対する本件ワラントの売却は有価証券の売出しに該当しないから、被告は原告に対し目論見書交付義務を負うものではない。
また、本件目論見書記載は、ユーロ市場における神戸製鋼所と引受幹事会社との関係に関する記載であるところ、被告は本件ワラント債の幹事引受会社団を構成していないから、右記載による規制を受けるものではない。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらの各記載を引用する。
理由
一 請求原因1(本件取引の日付を除く。)、2及び3(一)の事実、本件ワラントの目論見書に本件目論見書記載があること、被告が原告に対し右目論見書を交付しなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。
右争いのない事実に成立に争いのない甲一、一四、一五、三一号証、三二号証の3ないし6、三三、三五、三七、三八、四四号証、乙一三号証、一六号証の1、2、原本の存在及び成立に争いのない甲二、一一ないし、一三、一六、一七号証、一九号証の1ないし3、二一号証の1、2、二二号証の3ないし12、二五、二六、二八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙七、八、一〇号証、一一号証の1ないし11、一二号証の1ないし3、一四、一五号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲二〇号証、乙二ないし四号証、乙一、五、六号証の原告の署名が原告の自署であることは当事者間に争いがないから、真正に成立したものと推定すべき乙一、五、六号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲四二号証(各一部)並びに証人Bの証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙九号証(各一部)を総合すると、次の事実が認められる。
1 被告による本件ワラント勧誘の背景等
(一) ワラントは、昭和五六年の商法改正で制度化され(商法三四一条の八ないし一八)、昭和六〇年一〇月、日本証券業協会が、ワラントをワラント債から分離して流通させることを自主規制していた決議(昭和五六年九月三〇日の日証協理事会決議)を廃止し、外国において発行されるワラントの国内流通を昭和六一年一月より解禁して以来、企業の効率的な資金調達手段として俄かに注目を浴びるようになり、企業によるワラント債発行高は急増した。被告は、このようなワラント債起債の活発化の動きを受けて、昭和六三年一一月には、転換社債部ワラント課を転換社債ワラント部に組織替えし、ワラントの発行及び販売態勢を強化した。
(二) 本件ワラント債は、神戸製鋼所が平成元年一月二六日及び同年二月一日の取締役会において発行を決議し、その発行業務を被告の現地法人である野村インターナショナル外一社に委託して発行したものであり、野村インターナショナルは、同日、右発行業務の主幹事として、神戸製鋼所との間で引受契約に調印し、同月一七日、本件ワラント債をロンドン市で発行した。右ワラント債は、発行後、ルクセンブルグ証券取引所及びシンガポール証券取引所に上場されたが、ルクセンブルグ証券取引所に上場されたワラント債については、野村インターナショナルを主幹事とする幹事引受会社団が総額を連帯して引き受けた。被告は、右幹事引受会社団体から、本件ワラントの大半を買い付け、発行日前から日本の投資家に対する販売勧誘業務を推進するなどしていたが、本件ワラント債の発行日である同月一七日が迫ってからは、売れ残っているワラントを右期日までに完売するため、外務員を動員し、積極的に右販売活動に当たらせていた。
2 本件取引の経緯
(一) 原告は、昭和一五年生まれの自営業者であり、高等学校卒業後すぐにミシン製造会社に勤務し、貿易会社勤務を経た後独立して、平成元年当時は、大阪市阿倍野区において桜商会の商号で段ボールケース、ポリ袋、ロープ等重包装類の販売業を営み、年間五〇〇万円程度の所得を上げていた。
原告は、昭和六二年一二月二五日、自宅のある奈良市内の被告奈良支店との間で証券取引を開始し、平成元年一月までの約一年間に、原告取引一覧表1ないし10番記載のとおり、一〇銘柄の株式及び転換社債を購入した。原告は、右取引の外には証券等に対する投資経験はなく、証券取引に関する知識も持ち合わせていなかったことから、被告会社奈良支店の担当職員の助言に従って右取引を行ったもので、原告購入にかかる銘柄は、一部上場の優良企業株が中心であり、その取引も現物取引に止まり、全体として原告の慎重な投資傾向を反映した手堅いものであった。
(二) Bは、昭和六三年当時被告会社天王寺駅支店に外務員として勤務し、常時約一〇〇名の顧客を相手に株式の勧誘、買付等の業務を行いながら、新規顧客開拓のために天王寺駅支店周辺でいわゆる飛び込み外交をしており、右外交活動の一環として、同年末頃から四、五回、原告の経営する桜商会の事務所を訪問した。その際、Bは、原告が外出中であったため、原告に対して取引を勧誘することはできなかったものの、原告の事務員から、原告が被告奈良支店で株式等の取引をしていることを聞き及んだ。
そこで、Bは、原告との面会を求めて更に右事務所に足を運び、平成元年一月下旬頃、ようやく面会することができた原告に対し、被告奈良支店との取引をやめて情報量の豊富な天王寺駅支店との取引に乗り換えるよう熱心に勧誘した。Bは、過去の取引内容から、原告の慎重な取引姿勢を理解していたため、原告に対し、発売直後の値上がりが見込まれる新規発売の株式及び転換社債を紹介する旨説明し、被告会社天王寺支店との取引の有利性を強調した。
Bは、原告に対し、同年二月六日、右説明どおりに日本電線工業の新規公開株を紹介し、これを受けて、原告は、右銘柄を一〇〇〇株購入し、同月八日、桜商会の事務所においてBに右購入代金九八万四〇〇〇円を交付するとともに、株式受渡しの手続をした。
(三) 前記1(二)のとおり、被告は、外務員に対し、本件ワラント債の発行期日である同月一七日が迫った頃から、売れ残ったワラントの販売活動を積極的に推進していたところ、同月一六日午後六時(日本時間)に始まったロンドン市場の盛況振りから、本件ワラントについても値上がりが見込まれると判断し、同月一六日午後七ないし八時頃、Bを含む外務員に対し、本件ワラントの購入を更に積極的に顧客に勧めるよう指示した。Bは、それまで、原告の慎重な投資傾向を踏まえ、原告に対する本件ワラントの勧誘を控えていたが、右指示を受け、同日午後九時頃、原告の自宅に電話をし、右ワラントの購入を勧誘した。Bは、右電話において、ワラントとは一定の行使期間内に一定の行使価格で一定数の株式を購入する権利であること、ワラントは価格の変動が激しく投機性があるハイリスク・ハイリターンな商品であること、本件ワラントは外貨建であるため、為替の変動に伴うリスクが存在すること、ワラントの特徴として、株価が上昇するときには非常に効率的な投資になるものの、行使期間内に株価が行使価格より上がらない場合には無価値になることもあり得ること、本件ワラントについては、神戸製鋼所の株価が活況を呈している現状からみて、大きな利益が見込まれることなどを説明した。原告は、Bの説明から、ワラントとは株式や転換社債と似たような商品であると考え、その取引により大きな利益が見込まれることについては興味を覚えたものの、ワラントという名称自体それまで耳にしたことさえなかったことから、電話による右説明ではその内容を十分理解することができなかったうえ、自宅で寛いでいる時間帯に右電話を受けたこともあって、右説明内容にさしたる注意を払うこともなく、一五分程度で電話を切った。
(四) 同月一七日、ロンドン市で発行された本件ワラント債は、直ちにルクセンブルク証券取引所等に上場され、右ワラント債から本件ワラントが分離されて被告などの買付により日本の証券市場に還流した。Bは、本件ワラントの価格上昇を踏まえて、再度右ワラントを原告に勧誘しようと考え、同日午後二時四〇分頃、原告の事務所に電話をし、本件ワラントの価格が予想通り上昇していることを告げたうえ、神戸製鋼所の株価が活況であることから、今購入すればかなりの利益を見込むことができる旨説明し、原告に対し、右ワラントを購入するよう再度促した。これを受けて、原告は、本件ワラントの購入を決意し、同月七日に日本石油株を売却した手持資金約一三〇〇万円を代金支払いに充てて六〇ワラント(代金一一六九万九四〇〇円)を購入することとした(本件取引)。右通話時間は約二〇分間に及んだが、電話内容は専ら本件ワラントの価格上昇見込みについての説明に終始し、Bが原告に対し、ワラントの仕組みや内容等について触れたことはなかった。
(五) Bは、同月二二日、原告の事務所を訪れて代金の決済を受けた。その際、Bは、原告に対し、「外国証券取引口座設定約諾書」(乙五号証)及び被告発行の「ワラント取引説明書」(乙七号証)を交付し、右説明書に沿ってワラントの特徴や取引の仕組みを説明したうえ、右約諾書及び右説明書の末尾に添付された「ワラント取引に関する確認書」(乙六号証)に署名・押印を求め、その交付を受けた。なお、右確認書には、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います」旨記載されていた。
(六) 本件ワラントの価格は、本件取引後同年五月まではほぼ横ばいの状態であったが、その後下落の一途を辿った。Bは、原告に対し、損失を最小限に止めるため、何度か本件ワラントの売却を勧めたが、原告は、本件ワラント価格が将来持ち直すこともあると考え、右売却の勧めに応じなかった。
原告は、平成二年二月以降被告から送付されるようになった「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」と題する書面(甲一号証)を見て、本件ワラントの価格が著しく下落していることを知り、Bに対して度々苦情を述べた。Bは、原告の損失を取り戻すため、原告の委託に基づき、原告取引一覧表14及び15番の取引を行ったが、本件取引により発生した損失を到底取り戻すことができないまま、本件ワラントの権利行使期間(平成五年二月一〇日の東京における銀行の営業終了時)の経過により、本件ワラントは全く無価値になった。なお、原告がワラント取引をしたのは、本件取引が初めてであり、原告はその後ワラント取引をしたことはない。
3 ワラントの仕組み及びその平成元年当時における取引規制の概要
(一) ワラントは、新株引受権付社債(ワラント債)のうちの新株引受権又はこれを表象する新株引受権証券であって、ワラント保有者は、一定の権利行使期間内に一定の権利行使価格で一定数の新株を引き受けることのできる地位を有している。ワラント保有者は、権利行使価格で新株引受権を行使して株式を取得し、実勢価格で右株式を売却することにより利鞘を得ることができるので、実勢株価と行使価格の差額を前記引受株式数で乗じた数値が一ワラントの理論上の価値となるが、実際には、将来における株価の上昇等を期待して、右価格にプレミアムが付加された価格で取引されている。従って、ワラントの価格は、その銘柄の株価の変動に伴って上下し、証券市場に株価の上昇期待があるときには、株価以上の値上がりを示す反面、株価が下落傾向にあるときには、それ以上の値下がりをみることが多い(ギアリング効果)。更に、外貨建ワラントの場合には、その価格変動は為替変動の影響を受けることになる。
(二) 右のように、ワラントの価格は、その仕組み自体が難解であるのみならず、株価の変動、為替相場、将来の株価期待等をにらんで非常に複雑かつ大幅な値動きをするのが普通であり、しかも、株式や社債などにはない権利行使期間が設けられ、右期間を経過するとワラントは無価値になるなど特異な性質があるため、大蔵省は、当初は、個人投資家保護の見地から、ワラントをワラント債から分離して流通させることを認めない方針をとり、日証協もこれを受けて、昭和五六年九月三〇日、「国内において分離型の新株引受権付社債及び新株引受権証券について、引受、売出、募集又は売出の取扱、売買等一切の取引を行わないものとする。」(第一号)、「外国において発行される分離型の新株引受権付社債及び新株引受権証券について、国内投資家からの売買注文を外国の有価証券市場に取り次ぐ取引(外国取引)は行わないものとする。」(第二号)旨決議し(昭和五六年九月三〇日理事会決議)、昭和六〇年一〇月三〇日に右決議を廃止した後も、昭和六一年二月二一日、会員である証券会社に対し、ワラント取引をするに当たって顧客に対し参考資料としてリーフレットを交付するよう求める通知をするなどして(昭和六一年二月二一日会員通知)、個人投資家保護に努めた。また、大蔵省は、ワラント価格の透明性を確保するため、平成元年二月以降業者間取引市場を確立することとし、右市場には外国証券会社五社を含む一四社が参加した。更に、日証協は、同年四月一九日、ワラントの店頭気配を発表すること、ワラントの勧誘に当たっては顧客の投資経験、投資目的、資力などを慎重に勘案し、顧客の意向と実情に適合した投資勧誘を行うよう努め、予め当該顧客に対し説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始に当たっては、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認を得るため、当該顧客から「外国新株引受証券の取引に関する確認書」を徴求するものとすることなどを盛り込んだ決議をした(同日付理事会決議)。
被告においても、前記のようなワラントの特質に鑑み、右決議以前から、外務員に対し、顧客との間でワラント取引を開始するに当たっては、顧客に対して事前に「ワラント取引説明書」(乙七号証)を交付し、ワラントの仕組みやリスクを分かり易く説明したうえ、「外国証券取引口座設定約諾書」及び右説明書末尾添付の「ワラント取引に関する確認書」に顧客から署名押印を受けるよう指示していた。
以上の事実が認められる。
なお、被告は、Bが原告に対し、日本電線工業の株式の決済をした日の翌日である平成元年二月九日頃、原告の事務所に電話を架けて本件ワラントの購入を勧誘し、更にそれから一ないし二日の間に右事務所を訪問し、ワラントの仕組みやリスクを記載した手書きの資料及びワラント取引説明書を交付したうえ、ワラントの仕組みやそのリスクについて詳細に説明しており、原告も右リスク等を十分理解して本件取引を行った旨主張し、証人Bの証言及び乙九号証中にもそれに副う供述ないし記載部分がある。
そこで右供述部分及び記載部分の信用性を検討するに、前記認定事実に前掲甲四二号証、乙九号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲四〇、四三号証並びに証人Bの証言を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告は、平成元年二月九日、当時大学生であった長男の下宿先を借りるため、大阪市淀川区所在の宅地建物取引業者を訪れ、賃貸借契約締結及びそれに伴う事務処理のため、一日の大半を費やした。
(二) 原告は、自宅である奈良県□□□□周辺にも相当数の取引先があったため、週一ないし二日は、自宅周辺の取引先を回り、販売及び集金活動をしており、そのような日は、□□□事務所までのガソリン代や高速料金等を節約するため、同事務所に出勤しないことが多かった。被告が原告の事務所を訪問したとする同年二月一〇日は、右集金日に当たっていたため、原告は、□□電機、□□□□フーズ、□□□靴下等自宅周辺の取引先を回って販売及び集金活動をしており、□□□の事務所には出勤しなかった。
(三) なお、同月一一日は建国記念日でかつ土曜日であったため、Bは外交業務をしておらず、原告も□□□の事務所に出勤しなかった。
以上の事実によると、Bが平成元年二月一〇日ないし一一日に原告事務所を訪問したとは考えにくいというべきであり、これに加え、Bが原告に交付したとする手書きの説明書は、その存在を裏付けるに足りる証拠が全くないことをも考慮すると、Bの前記供述部分及び記載部分は信用することができない。
また、原告は、本件取引の日付は平成元年二月一七日ではなく、同月一六日であった旨主張し、原告本人尋問の結果及び甲四二号証にはそれに副う供述部分ないし記載部分があるところ、前掲各証拠に照らし、右供述部分及び記載部分を採用することはできない。
二 そこで、Bの原告に対する本件ワラントの勧誘が不法行為を構成するかどうかについて判断する。
1 一般に、証券取引は危険を伴うものであり、証券会社が一般投資家に提供する情報も経済情勢等将来の不確実な要素に左右される暫定的浮動的なものに過ぎないのであるから、証券取引を行おうとする投資家は、右情報を参考にしつつも、自らの責任と判断で取引を行うか否かを決するべきである。尤も、今日の証券市場においては、証券会社が証券発行企業の経営状況等の専門的知識、情報を掌握している反面、一般投資家は証券会社の右専門知識、情報を信頼して証券取引に参入しているというのが実情であるから、一般投資家の右信頼も十分保障されてしかるべきである。そして、ワラント取引については、前記認定のとおり、ワラント自体権利行使期間経過後は無価値になるという他の証券とは異なる特質を有し、株式相場や為替相場をにらんで複雑かつ不安定な値動きをする一方、わが国では馴染みの薄い商品であり、その仕組みなどが一般に知られていなかったことから、日証協がその会員である証券会社に対し、ワラント取引に当たっては予め顧客に説明書を交付し、取引の概要及びこれに伴う危険等について十分に説明することなどを定めた自主機制を行っていたのであるから、証券会社又はその使用人は、ワラント取引を行おうとする投資家に対し、その職業、年齢、投資経験等に即し、ワラント取引の危険性について正当に認識するに足りるだけの情報を提供すべき義務を負うものというべきである。
2 そこで、これを本件についてみるに、前記一1、2の事実によれば、原告は、本件ワラント取引に至るまで一年余の投資経験があったに過ぎず、その投資対象も一部上場の優良企業株を中心とした現物株式や転換社債など、堅実なものに限られており、証券取引に関する知識や経験が豊富とはいえない状態にあったところ、Bは、その勧誘の経緯等から、原告の右投資経験及び投資傾向を十分認識していたにもかかわらず、本件取引に当たり、原告に対し、電話で僅か二回、延べ三〇分程度、ワラントの仕組み、価格変動の傾向、権利行使期間の存在等について一般的、概括的な説明をしたに過ぎず、しかもそのうちの一回は、本件ワラントの値上がり予測に関する説明に終始し、ワラントの危険性についてはほとんど言及しなかったものであって、被告が外務員に対して顧客への交付を義務づけていたワラント取引説明書は、本件取引が終了した数日後、代金決済の場において初めて原告に交付されたものであるから、本件取引の行われた平成元年二月当時、ワラントは新しい金融商品であり、その仕組みやリスクがほとんど一般投資家に知られていなかったことをも考慮すると、ワラントの仕組み等に関する右の一般的、概括的な説明のみでは、ワラント取引の危険性について正当な認識を形成するに足りる情報を提供したとはいえず、Bの原告に対する本件ワラント取引の勧誘は、右説明義務に違背し、私法秩序全体からみても違法なものといわざるを得ない。
三 次に、過失相殺について判断する。
前記一2の事実によれば、原告は、本件ワラントに一一六九万円余の金員を投資するに当たり、被告から投資対象がワラントであることを告知されながら、その仕組みや取引に伴うリスクについて積極的に調査、質問することなく安易に本件取引を行ったもので、Bからワラント取引説明書の交付を受けた後も、その内容について質問するなどして右仕組み等を把握しようとしなかったばかりか、本件ワラントの価格下落後、Bから本件ワラントの売却を何回か勧められたにもかかわらず、これに応じないで損害を拡大させたものであるから、損害の発生及び拡大につき少なからぬ過失がある。
そして、原告の右落ち度のほか、Bによる勧誘行為の違法性の程度その他本件に現れた諸般の事情に鑑みれば、本件の損害の発生及び拡大に占める原告の過失割合は四割と解するのが相当であり、本件ワラントの代金相当額の損害のうち、被告が原告に対して賠償すべき金額は、六割に当たる七〇一万九六四〇円とすべきである。
四 原告が本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任した事実は当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、前記損失割合等諸般の事情を斟酌すると、Bの不法行為と相当因果関係のある損害(弁護士費用)は七〇万円であると認めるのが相当である。
なお、付帯請求の起算日は、不法行為の場合、その損害発生時であるところ、前記説示のとおり、本件ワラントの取引については、その権利行使期間の経過により損害が現実化したものというべきであるから、右期間の最終日の翌日である平成五年二月一一日が、右起算日となる。
五 よって、本件請求は、原告が被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づき、本件ワラント代金の六割(七〇一万九六四〇円)及び弁護士費用(七〇万円)の合計額である七七一万九六四〇円並びに右七〇一万九六四〇円に対する権利行使期間最終日の翌日である平成五年二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下村浩藏 裁判官 福井章代 裁判官 清野正彦)